ヨーガと私

ヨーガと私 vol.9

密教の教え


「善を成さんとする意思力に徹底して生きる」
「慈悲の心を起こして、縁ある人々を助ける」
「愛・智慧・力(エネルギー)を差し向ける」


私を救って下さった密教行者のお名前を宇野隆治先生と申します。
宇野先生を岐阜県関市から大阪まで、毎月1回お招きし、「研修会」として会場を設定しました。
毎回100人程度、午前・午後二班に分けて「想念の科学・人間問題を考える」というテーマで始まりました。
以来、12年間欠かさず講話は続きました。時には全国合同の研修会合宿も主催しました。
単に密教を学ぶ為の勉強会ではなく、宇野先生はその場で多くの人の苦しみや悩み、なんと病気までも即座に治していくということを、私達に実践して見せてくださりました。
一緒に学んだ密教徒は数多くおられ、各々自分の仕事に生かして社会的貢献をなさっておられると思います。
入門も卒業もない、この深遠な御教えの道を授かったことで、吾が人生の中で奇跡的な「神さまの恩寵」を体験しました。
宇野先生の御教えは奥が深く、我々には理解に及ばぬところも多々ありましたが、概念として先生から学んだことが、いつもわが人生の指針となっています。
私の最初の師であります佐保田鶴治先生は、私の霊魂を自覚させてくださいました。
そして次の師である宇野隆治先生は、私の霊魂が真実の目的を果たすことを実践させて下さいました。
「人間とは何か?」という問いに対して、目覚めるきっかけを起こして下さいました。
これこそ真実のヨーガです!多くの聖者方と共通した御教えです。
人間はその内側に「真我」という神様を宿しています。
その神様は大宇宙神と同じ質量で出来ているのです。
大宇宙の源から生まれて来て、そこへ還る・・・。
一人でも多くの霊魂がそれを悟り、導かれることを願い生きる、
それは真実の世界を実現する御教えでした。
ある時、宇野先生は
「人間は動物とは違う、万物の霊長であるといわれていますが、果たしてそのように自覚して生きている人間がどれほど数多く居るだろうか?」と申されました。
「もし、自分が万物の霊長だ!と宣言するならば “どれほど善いことをしたか”と問うてごらん、自分の個人的なエゴの欲で生きている者ばかりじゃ・・・」と申され
私などは、頭がさがり首がうなだれました。
そこで「よし、私も善い事をやろう!教えの実践を始めようではないか!」と一大決心しました。

宇野先生はよくおっしゃいました。
「人間ならば、大脳に対して、「進んで善を成さんとする意思力」「知らんとする意思力(真理)を最高のものとする理知愛」「存在せんとする意思力」が三角のトライアングルとして存在し、その三角の真ん中に生命の一点『神の生命の意思』が神様から付与されて生きている!という自覚にたって覚醒せよ!」
これを聞いた皆さんは「むずかしい~~~」と言います。
「この世界はすべてエーテルで出来ている!エーテルを抜きにして考えるなら真理を求めていると言いつつ、間違ったものを目指している!」
こうなると、ますます持って「そんな難しいことは解からない!」
と多くの人々が言います。
しかし幸い、私どもの周りにはヨーガ行法に真摯に取り組んでいる人達が多く居ましたので先生は真剣そのもの!
なかなか理解の及ばぬ者にまで、真の心でお導きくださいました。

「人間の頭の中には松果腺と脳下垂体があるね、そこに意識を保って瞑想をせよ!
そうすれば、そこはエーテル体に影響する中心だ、中心が開発されるとアジナチャクラとヨーガで呼ぶセンターが活気づく。そうすると、人は真実なるものが何であるかを見ることが出来る。そうなると、この世の偽者が見破れる。つまり、何が真実で、何が偽りの世界かが解かる、そうなると真に人は目覚めることを目指す!」

まさに、その通りです、人間の頭脳の中にこの生命の中枢センターのない人はどなたもおりません。皆同じようにあります。このセンターが目覚めると先ず、健康・人格・が大になるに違いない、と私は真剣そのものでした。

その「存在せんとする意思」とは、何をさすのでしょうか。
それは、「生きんとする力と繋がっている」と申されました。
それは何のことでしょうか?
「誰でも生きたい!」という思い。
ヨーガを行ずる人なら解かるのです。解かっただけではだめです。
真にその正しい御教えを実践し、結果を出すことです。
そうすると、人は「自分は何のためにこの世に在って、何をなすべきか」が解かり、真の社会奉仕に歓びが湧き起こります。
そのような人は自分が成す仕事が喜びで楽しく、人様が喜んでくださるのが生き甲斐!とまで言い、全てにおいて無執着です。
過去にはそんな偉大な方がこの地球上に数多くおられました。
たとえば、ブッタ(お釈迦様)、イエス(キリストの子として)、マホメット(アーラとして)、個人的悟りからなる覚醒者方、ラマナ・マハリシ、クリシュナ・ムルテイや、マハトマーガンジー、リンカーン大統領、マザーテレサ、日本なら道元禅師や弘法大師。
数え上げればきりがないくらいです。
普遍大意識・大いなる何かに目覚め覚醒し、心は大きく広く愛が深く、万人を愛さずにはおれない大慈悲の愛を持ち、偉大な業績を社会に残してくださりました。

また、無名ですが、同じ人間なのに自他と共に生きる姿勢の愛の深い方、知恵を授ける方、勇気と力が湧くように導き、能力を発揮させてくださる方、一個人でも最善をなし良いことをする方・・・・。

私達と変わらぬ人間なのに、どうしてこのような資質を持ち合わせておられるのでしようか? 

「自分と、その人達とは違う!」などというのは、まだ覚醒していないからです。
皆同じです。
ただ、その人が何を経験して何を学び成長してきたか、ということが各々違っています。ヨーガ哲学では「人間は肉体だけの存在では無い」と悟ります。
我々のように、本当の自分をまだ自覚できない間は真の姿が観えません。
だから感覚(五感)が全てだと錯覚しています。この場合は苦しみの多い人生となるでしょう。
それは、日常生活の方に多くの視点があり、“生存”にはあまり視点がありません。
真に生きている、という深い実感が稀薄です。生きているという価値観がすっ飛んでいて、物質の豊かさを得る為に働くことで、欲求が深まるばかりの状態です。

生命が存在しているという価値に目覚めると、即、「感謝」が湧き起こります。
心から感謝をすると、脳内ホルモン分泌は盛んになり、快楽な気分・嬉しい悦びが湧き出てきます。
自ずと「ありがとうございます」が言葉としてあらわれ、この大宇宙根源の御力に呼びかけることができます。
マハット(大いなるもの、目に見えないもの)への感謝と畏敬の念に頭をたらします。
そうなると、大自然の恩寵により、内側からさらに深い感謝が溢れ出てきて、この天地の恵みで生かされて生きていたんだ!と自覚することができます。
そこから私達は謙虚さを学びます。
自然の恵みを慈しみ、自然から与えられたものを大切に扱い、無駄を止めること。
私達はそこから戴くことで生かされているのです。
人間世界よりも下にある動物・植物・鉱物の石ころまでにも愛と感謝でいっぱいになります。

「エーテルは一切に及ぼし、この世界は一原子に至るまでエーテルで繋がって生きている」
宇野先生はそれを実践されました。
現在人類は、この純粋無垢の透明な光を授かって神の意思を生きているという霊的面を忘れた結果、今までにない危機に面しています!
「一人に霊的開花が起こると、花が開いたら蜜をもとめて多くが集まってくるのと同じように、周りにも大きな影響が起こる。」と申されました。
私たちは今、霊的危機を通過しています。今のこの重要な機会に、どうか一人でも多くの人が覚醒し、地球人類が生きのびる方向を選択することが大切なのです。
大自然・大宇宙の声無き声を感じ取る人々が、多くの役割を成しえて来られたように、私たちも進化の向上に勤めたいものです。

今ここに、瞬間、瞬間、大宇宙の恩寵と地球の恩恵を戴いて共に生きています。
調和し、平安なる世界を生きていく為に、人類は賢明な選択をしなければなりません。
希望に満ちた未来をつくり生きてこそ御恩に報いることが出来るのです。
そしてこれが、私の生きる意味でした。
存在する意味でもあり、最も知りたかったこと。
少し理解できたかも?と自負しています。

この偉大な恩師は、私に真実の「死生観」を与えてくださり、九十一歳で遷化なさいました。
その死の瞬間、お弟子さんが「先生!脈拍がゼロです!」と呼びかけると、
あるお言葉を残して、眼をぎょろっと向いて大往生なさいました。
生前から「霊体離脱」はいつものことでした。
意識は死の瞬間も明晰で、意識を高級意識で通り抜けるだけなのです。
そのような偉大な師ですから、「死」ではなくまさに「遷化」でした。
人生のすべてを奉仕に生きられた方でした。

〔関連リンク〕宇野隆治先生 密教の師


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ヨーガと私 vol.8

密教の師との巡りあい

「岐阜県の関から、仙人のような方が大阪に来られます。岡さん、是非お会いしませんか?」
ある日、知人よりそのようなお誘いを受けました。
「直ぐにでもお会いしたい」とお返事しました。
すでに佐保田先生が遷化されて3年の歳月が流れていました。

その頃、私は毎晩瞑想中に、意識でチベットの洞窟まで行きました。
「早く本物の師に付きたい!」と、
まだ見ぬ私の「師」が御導きして下さる事を心底願っていました。
その時に見たビジョンに、「ブラフマー・チッタ」という経典が出てきました。チベットのある僧がその経典を書き記して洞窟に隠している事が文献に書かれているのです。
しかもそれは太古の王様だった方が僧になり、極少数の弟子に伝えた大変貴重なものなのだそうです。
私はこの「神様の智慧」という経典をどうにかして手に入れ、学びたいと祈念しつつ、瞑想に明け暮れていました。

 奇跡は起こりました。
その岐阜県の山奥からお出ましになられた密教行者の師です。
時に八十二歳のこの老人翁公は実に不思議な方でした。
お会いした瞬間、私は驚きました。
以前、瞑想中に、私はチベットの高僧にシャクティ・パットを授かり、真に頭を浄化してくださったビジョンを観たのです。
その老人翁公のお顔が、まさしくその時のチベット僧のお顔だったのです!
初めてお会いしたその日、その方がある方へ、手書きの経典10冊を差し上げておられました。
するとしばらくして急に、
「誠に申し訳ございませんが、今、貴方に差し上げました書物を全部、どうか、この人に回しては下さらんか!」と、、、、、、、
 その方は快く私に回してくださいました。
それがなんと!私があれほど希い願いつづけていた「ブラフマン・チッタ =神様の智慧」の経典、ホワイトマジック全10巻でした。
正に長年祈念していたことが起こりました。
私はその経典を一晩で読み終えました。奇跡です。
魂で読んでいたので一晩で速読できたのでしょう。
中でも「宇宙の火」という経典には凄いことが書いてありました。
ヨーガの深い教えがいっぱい記述されていたのです。

その日、そのお方に巡り会い、私は長年の禅魔の苦しみから救われたのです。
また、相談に来られる病気の人々を多く治されました。
何しろ癌の人を密教治療し、病そのものを消してしまわれたのを目の当りに見させていただくことがしばしばありました。
第三の眼を開く方法を私に訓練させてくださり、時にはテレパシーで私の心を観破なさり、御叱りを受けました。
助けを求めるや否やテレポートもしてこられました。
信じにくい事かも知れませんが本当にそれはあるのです。

それからというもの、お会いしてから91歳で遷化されるまでの12年間という長きにわたって、
私はこの聖老人に魂の実践をさせていただくことになったのです。


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ヨーガと私 vol.7

禅魔との戦い

本来、ヨーガとは独習不可能なものです。
しかしその後、私は手探りでヨーガをしてきました。
結果、何度も何度も悲惨な目にあいました。

瞑想中は穏やかなのですが、急に頭の中がスパークし、 脳神経が異常に興奮して、ウジ虫が何万匹も這いずり回っているような不快感があり、気が狂うのではないかと思いました。

ある時は、顔面がお岩さんのように腫れあがり、頭がぶよぶよに感じたり、
ある時は、突然の視力異常で距離感覚がなくなり、平衡感覚も失いました。
あたりの空間が歪んで、大きな地下鉄の丸い柱がぐにゃりと歪んで見えました。
またある時は、心がゴムまりのようにぽんぽん弾んで、階段の一番上から一足飛びで階下に下りれるような感覚になりました。
急に息が出来なくなり、呼吸困難に陥りました。
そして突然、大声を出したくなったり、周りに対して凄く攻撃的になったり、音や声に敏感になったり、
破壊的なエネルギーに振り回され、自分自身をコントロールすることが出来なくなっていました。
瞑想により、脳内麻薬が大量に分泌した結果、幻影幻覚状態でした。
その頃は、毎日何時間も瞑想していました。
普通の人なら気が狂うのではないかと思います。

また、予知能力がともない、目の前の人が病気になる前に胸騒ぎがして、身体の悪いところが透けて内臓などが黒く見えてきました。
人が怪我をすることが前もって分かるのです。
ある日、高いところから人が落ちる映像が見えました。
大工さんですが本当に落ちたのです。その時は、お百度を踏んでお祈りしてお守りをお渡ししました。
その頃は毎晩、仕事の後すぐに家に帰らないで、お寺で瞑想していたので本当に悪い霊に取り付かれていたのだろうと思われます。
また反面、予知能力に助けられたこともありました。
ある2月の寒い夜でした。
いつものように、坐禅に行こうと電車に乗り、駅に着いた時のことです。
「こんな寒い夜こそ早く家に帰り子供たちに暖かい夕ご飯を作ってあげなければならない!」
と言う声が突然、天から聞こえて来ました。
その時ばかりは坐禅をやめて、急いで家に帰りました。
お米をときだし、ご飯の仕度に取り掛かっていましたら、突然子供が
「お母さん!火事だ!!」と叫ぶのです。
ホームコタツのスイッチから火が出て50センチほど燃え出していました。お米をといでいた水をバシャ!とかけて消し止めることが出来ました。
「もし、座禅に行っていたら・・・。どんなことになっていただろう!」
身震いしました。幼い子供たちが焼け死んだだろう、と。
この日だけ寺への座禅を取りやめたのも、六感が働いたのです。
他には地震の予知や、大雨の後の洪水でめがね橋が流れていくビジョンが見えてきたこともあります。
そしてあくる日、実際に起こったことなのだとニュースで知りました。
これらもすべて、アストラル界の魔です。
私は完全に禅魔にやられていたのです。
自分ではどうすることもできず、苦しく長い歳月が過ぎていきました。

 

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ヨーガと私 vol.6

ウパニシャッドの体験

1990年にインドのニーム・カロニババのアシュラムに訪問しました。

ババはすでにマハーサマディーに入滅されておいででした。

その時に出会った聖者様がチャンドラ・シャッカル・シャルマンジーです。
動物園を経営しておられるネボーティ(帰依者のこと)のところに、シャルマンジーとご一緒した時の出来事です。
シャルマンジーは、ふとトラの檻の前で立ち止まると、なんと、檻の中に手を入れてトラの頭を素手でなでるのです。

これには驚きました。
シャルマンジーは慈悲のある聖者様ですし、又、恐怖心など微塵もないから猛獣さえ猫のようにおとなしくなるのでしょうか。

 日本でもこんな話があります。徳川将軍が、誕生日の贈り物に高麗からトラをプレゼントされた時の興味深いエピソードです。
将軍は見物人の前で柳生但馬守にトラの檻に入るように命令しました。
柳生但馬守は一刀を抜いてトラの檻に入り、猛獣のトラとウウーッ!と、刀を向けてお互いににらみ合いしたといいます。
将軍が、「もうよい!次は・・・。沢庵禅師殿はどうじゃな?」
それに応えて沢庵禅師はひょうひょうとトラの檻の中にお入りになりくるりっと猛獣のトラにお尻を向けて座禅の姿勢でお座りになられましたとのこと。
そして将軍の御声で檻から出る際に、トラにご自分の手のひらにつばを吐き、トラにぺろぺろとなめさせたといいます。
ここまで行くとまさに聖人ですね。

シャルマンジーが、プレマ・サット・サンガで1ヶ月間滞在なさいました折、本当に凄い体験がありました。
私達の目の前で心臓を止めるのです!もちろん呼吸も停止、五分間ほどでした。
しかも二回もです。

「今夜私は心臓を止め、呼吸を停止させますからお医者様を呼びなさい!そして、彼に私の心臓が本当に停止しているかどうかを調べさせなさい。」

と申されたのです。
 私の生徒さんにお医者様がおられましたので、聴診器をご持参の上来ていただきました。
五分間ほどマハーサマディーに入られました。
まことに尊く、人間が目の前で仮死状態になられたのを二回も拝見したのですが、言葉ではその時の厳粛さを到底言いあらわすことはできません。
そうして、チャンドラ・シャッカル・シャルマンジーは私に「無分別三昧」を体験させたのです。
滞在中のある日、三人に瞑想のお話をなさいました。

テーマは「すべてのものに区別や差別はありません。皆同じ神の世界を生きています。」
と言うものでした。
通訳は私の長女です。当時は大学生でした。

ところが私達はなかなか、そこまでいきません。
人を差別したり、気に入らない人にはそっけなく、自分に都合のよい人には気を許します。
では、今から瞑想しましょう!」と申されたので私は、「はい!」と両足を蓮華座に組もうとしますと、
シャルマンジーは「オオー、ノーノー、スリーピング!」
つまり寝転びなさいと申されて、彼が寝転ぶのですから、私達三人は寝転んだのですが、そのとたん!3秒間ぐらいで「オッケー起きなさい!」と言われて、起きたとたん「ここは・・・・どこー???」 「あなた、だれー??・・」部屋の壁さえないし、光だけが・・・、という感じになりました。
一切がとっぱらわれてる空間にいるのです。
自分のオフイスという感じもしない、シャルマンジーが「オッケーシィー!今の体験を言いなさい!」と、申されました。
私は、「おおー スワミージィー 何も言葉が見当たりません!説明のしょうが在りません!」と申し上げますと、私の娘もワーッと泣き出しました。
「解かりました、解かりました、本当のことが・・・。」

差別のない愛と、平等智の世界がわかったのでした。素晴らしい体験をさせてくださいました。
これがグルのなさるヨーガのウパニシャッドの世界です。
「皆さん!たとえば富士山の山に登りますと自分の足元ばかりに気が取られていますね、それに富士山のまっただかの中に居ますと、富士山の雄大な美しさがまったく観えません。そのように、あまりのも近くにおられますと偉大な姿が観えていないのです。」

私が、シャッカル・シャルマンジーと瞑想して体験した事。
それはまさにウパニッシャドの世界です。語源の通り「師の傍に座る」だけでいいのです。
弟子は「ウパース」(尊信)のこころで自己を明け渡すのです。つまり空になるか、無になるのです。
自我をなくすのです。

境がないことが悟りなのです。

・・・次へ続く

ヨーガと私 vol.5

佐保田先生の思い出

佐保田先生はご自身でもアーサナを真摯に実践なさいました。

例えば、とても難しいアーサナはおできになられますが、若い人がする筋肉を使うアーサナが出来ないと、何回でも出来る迄実践なさるのです。
孔雀のポーズ(マユーラ・アーサナ)を何十回、転んでも練習なさるのです。御年八十歳越えておいでですから、転んで肩の骨でも折れたら困る
ので皆が見ていて止めるのです。
「先生、もうそれくらいでいいでしょう!」と。
それでも先生は挑戦なさいました。微笑ましくて楽しい光景が浮かんできます。真にご尊敬でした。

何にもまして、佐保田先生は知識の大哲学者でしたが、智慧があり、慈悲に満ちて愛があり、平和で穏やかであられました。お傍に居るだけでもう、もう何もいらないと思うほど幸せを感じました。
自分が愛されていることを感じ、受け入れられているとの歓びを感じました。

ありえない話ですが、仮に佐保田先生が「岡さん、死んでください!」と、申してくださるならば、「はい!」と直ぐにでも死ねます。殉教できます!今でもそれくらい信頼し、愛と感謝をもって尊敬しています。

先生は口先だけの人ではありませんでした。真のグル、霊的道師で聖者でした。その行いの正しいこと、慈悲深いこと。
お傍にいても、先生からかもし出されます波動に包まれて、なんともいえない穏やかな雰囲気で周りの人々を幸せな気分にして下さいました。
まるで観自在菩薩様でした。
先生はいつも「人間のなかに真我という神様が存在しています」と申されていました。

ある日のことでした。
ヨーガの指導が終わった夕暮れ時、早く帰りたい気持ちを抑え、私はいつもトイレをせっせと磨き洗うのです。
ホースの水で床のタイルを夢中で洗っていました。
下を向いていると、トイレの入り口に二つのきちんと揃った足が見えましたので顔を上げて見ますと、佐保田先生が山高帽子を胸に当てて私に合掌して何かお祈りしてくださって居ました。

きっと、「私のなかの真我である神様」にお祈りしてくださいましたのでしょう。その時のお姿がありありと目に浮かんできます。私には涙するほどの歓びです。

全ての人間、一人一人のなかに存在する神様を拝んでおられる!なんて崇高な御姿でしょうか。これこそ真の実践者の姿です。
ところが私達はなかなか、そこまでいきません。人を差別したり、気に入らない人にはそっけなく、自分に都合のよい人には気を許します。
なんとはかないことでしょう。

他には、こんな思い出があります。
西教寺での合宿の時でした。
お昼はサンドイッチを皆さんと食堂で食べておりました。
幸い佐保田先生のお隣の席に座っていた私に、先生が
「岡さん、ティッシュペーパーお持ちですか?」と申されました。
サンドイッチを残されたのです。
先生は自分の食べ残した分をティッシュペーパーに包まれて、庭から門外まで出て行かれますので私もついていきますと、
先生は犬にサンドイッチをあげていました。そして犬にも合掌して拝まれました。

そのお姿を見て、私は深い感動を覚えました。
そういえば、後にインドでダライラマ法王様の灌頂を授かった時、
ダライラマ法王が一番先に子犬を抱いている僧のほうに行かれ灌頂を犬に一番先に授けられました。

なんと微笑ましい、と申し上げるより、如何に法王は拘らわれのない寛大な慈悲の大法王なのでしょう、と感銘いたしました。
このように,真の聖者方は皆、平等智をそなえ、慈悲と寛容のお手本を見せて下さいます。

「先生!悟っている方をどのようにして見分けたらよいですか?」
ある日私は、佐保田先生にお伺いしてみました。
「それはね、その人の行為を見たら解かります。」
と申されました。
仏陀も曰く、カースト制度、氏素性の差別について、
「生まれによって卑しいのではない、行いによって卑しいのである」と語りました。
私達も意識して責任ある大人の態度と、人格大に磨きたくヨーガの修行に勤しみたいものです。

恩師・佐保田先生から学んだことを私は宝物としています。
それは知識や哲学だけでなく、その御教えをどのように実践するかです。

その頃、後に話題となる宗教団体より、「関西で一番のアチャーリヤにしてあげるから」と誘いを受けましたが、
「私には、佐保田鶴治先生という最高のグルがおられます!」
ときっぱりその場でお断りできました。
人は名誉欲を捨てていますと、こんな誘惑にも微塵も心が動きません。
「人間の煩悩のなかで、この名誉欲程大きな煩悩は他ありません」
と佐保田先生はいつも申されていました。

・・・次へ続く

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